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東京高等裁判所 昭和48年(ラ)614号 決定

抗告人

ローリンズ・瑞枝

右代理人弁護士

加藤令造

相手方

ジャッキー・ドン・ローリンズ

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

原決定挙示の証拠によると、原決定理由一記載の事実が認められる。右の事実によると、相手方は、米軍基地高校の教師にして、本件訴が提起された昭和四七年七月二四日当時、米軍座間基地高校から米軍三沢基地高校へ赴任するため、既に神奈川県座間市にある米軍基地内の住所を引き払い、一時米国に帰国中にして、訴提起後に肩書地に住所を定めたことが認められるので、訴提起当時、相手方は、日本に住所または居所を有していなかつたものというべきである。抗告人は、このことを理由に、本件訴の管轄を相手方の最後の住所である座間市により定むべきであるというのである。人事訟訴手続法第一条第二項が「前項ノ普通裁判籍ハ日本ニ住所ナキトキ又ハ日本ノ住所ノ知レサルトキハ……最後ノ住所ニ依リテ定マル」と規定したのは、同条第一項が、婚姻事件の土地管轄を当事者一方(本件の場合は相手方)の住所または居所を普通裁判籍と定め、日本における住所または居所がなくなつた場合又は住所居所ともに不明の場合における訴提起の必要性から、特に例外的に日本における「最後ノ住所」を普通裁判籍と定めたものである。従つて、日本国内相互間の転勤による移動中であつて任地到着次第住所または居所が定まることを客観的に確知できること明らかであるとき、換言すれば、訴提起当時新任地における住所または居所を一般的に容易に調査し確知しうるときは同条第二項の予定していないところで、むしろ、第一項の「住所または居所」の解釈によつて賄うべきものと考える。してみると、本件の場合、訴提起当時相手方の民法上の住所または居所が三沢市にないとはいえ、それだけの理由で日本国内のいずれにも住所または居所がないというのは形式論で、訴訟手続上の各種利害を斟酌して管轄裁判所を特定しようとする管轄制度の立法精神にそわないものというべく、相手方が新任地到着後三沢市に住所または居所をもつことを容易に調査確知しうる場合は、第一項の住所または居所は「旧」「新」のいずれかに求めるのが相当であつて、当裁判所は、人事訴訟法上離婚事件の普通裁判籍を定める上での住所は右のような意味での新住所と解するのである。けだし、訴訟進行上生ずる各種の利害を斟酌し、夫婦が同一の氏を称する場合、本来その氏を称する夫または妻の住所を普通裁判籍と定め、これによつて相手方が不利益を被ることがあつてもやむを得ないものとしているのであるから、右普通裁判籍の基準である住所は住所を設定する者の意思が客観的に確知しうる限りこれを尊重すべきであり、「旧」「新」両住所のいづれをとるかといえば「新」住所こそその者の意思にそうからである。それ故、第一項にいう住所とは、日本国内における転勤移動中の場合、予定新住所が客観的に確定している以上、現実に住所が設けられていなくてもこれを指すものと解するのが相当である。

なお、抗告理由一記載の管轄についての主張は、傾聴すべき見解であつて、婚姻訴訟事件の土地管轄の定めは硬直にすぎ、今少しく、柔軟であるべきだということは十分考えられる。しかし、これは法律改正によつて是正をはかるほかなく、解釈によつて是正することは相当でない。

右のように、本件訴は、相手方の新住所三沢市を管轄する青森地方裁判所十和田支部の専属管轄であり、本件を同支部に移送することとした原決定は、正当であるので、本件抗告は、これを棄却すべく、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

別紙抗告の趣旨

原決定を取消す。

移送の申立はこれを却下する。

抗告の理由

一、抗告人が本訴を横浜地方裁判所に提起したのは単に相手方の住所または居所が座間基地内にあるとの前提のみに基づくものではない。本訴の請求原因が悪意の遺棄であり、かつ夫婦の共同生活が営まれた土地が座間であることである。従つて、この点だけから判断しても原告の住所地に離婚訴訟を提起し得るものと判断され得るからである。

二、抗告人提出の甲第一号証によれば相手方は一九六七年八月二五日以来今般の三沢基地勤務が確定するまで座間アメリカンハイスクールに雇用せられていて中断のないことは極めて明らかである。しかのみならず責任当局ダフィ氏からの公式回答によつても相手方が公式の手続を了し座間基地を出発し三沢に赴任するに至つたのは一九七二年八月一一日であることは疑いを容れる余地はありません。

三、相手方が一旦アメリカに帰国し日本を離れたことを以て日本の住居が全然なくなつたと解すべきものとすれば、いやしくも土地管轄の点の判断としては人事訴訟手続法第一条第二、三項の規定によつて相手方の最後の住所によつて定めるべきものと判断するのである。原審決定の理由のように相手方の心裡にてはあるいは定まつているかも知れないが外からどこに住居があるのか判断なし得ない土地を基準に裁判管轄がきまるなどという議論は訴を提起せんとする者の利益を全然考慮しない暴論といわざるを得ない。

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